パンデミックと二重盲検試験
新型コロナ感染症のワクチンや薬の開発が切望されています。
以前、JAICAで発展途上国のワクチン普及に関わってられた方から「薬があることが当たり前ではない国は、死は受け入れざるを得ない当たり前の日常」だという話を伺いました。
日本人の私達が、多くの疾患で薬があることが当たり前という、とても恵まれた環境で暮らしていることを実感します。
パンデミックの渦中での生活の中で、ふとある医師と臨床研究に関するやり取りを思い出します。
医薬品が市場に出るための前提条件として、患者さんなどの協力を得て、何度も安全性や有効性を確認する試験が行われます。
そのひとつに二重盲検試験というプロセスがあります。
「これはあなたの病気に有効かもしれない薬です」といわれると、その情報だけで効くような”気”がしてきます。
先入観、いわゆるプラセボ(偽薬)効果です。
その効果は投与される患者さんだけではなくて、投薬や評価する医師や関わる人全てによってもたらされる効果です。
ある意味”気”の効果といえるかもしれません。
出来るだけ正確に医薬品候補そのものの効果を評価しようとすると、プラセボ効果を差し引く必要があります。そのために、成分が入ってるか、入ってないか判らなくなっている試験用の薬を飲んで効果を評価します。
どの薬にどちらが入ってるかは、医師も患者さんも二重に知らない状況になるので、二重盲検と呼ばれています。
この評価はとても合理的な方法のようですが、協力される患者さんにとっては、まさにロシアンルーレット。
もしかしたら、お薬となる成分が全く入ってない可能性があるからです。
自分の治療にならないかもしれない研究にも関わらず、自らの身体をリスクも幾分かある中で協力される患者さん。
この方法は、その患者さんの不利益を出来る限り避けて倫理的に保護されていることが最大の条件です。
ちょっと複雑で、長い前置きになりました。
「あなたの患者さんに、二重盲検試験で薬を投与しろと言われたら、どうしますか?」と尋ねると、躊躇される医師が多い中、ある医師が「患者さんに、長く続けている医薬品を一度やめて、その薬を始めることになる。つまり今までの薬の効き目を評価するのに、いい機会かもしれない。こまめな検査で一緒に確認しながらだし、検査代もかからないから、安心に確認できる機会だと思うけどやってみる?って相談して一緒に決める」と教えてくれました。
ずっと効いてると思って服用してる医薬品の効果を知るには、止めてみる必要があるけれども、患者さんも医師も勇気がいる。
でも試験に参加して、後日プラセボだったと判った時に、ずっと飲んでた薬と大して効果が変わらなかったね、ってことだったら、もう治療は不要だと知るチャンスにもなる。
それ以降、その医師は、私のロールモデルになりました。
そして折に触れ、思い出します。
今回のパンデミックでも、ふと思い出しました。
手放せないと思っていたことと距離を置かざるを得ない状況になって、なくても良かったことに気付く。
反対に、なくてはならないものにも気付く。
今まで見えていなかった、見ようとしていなかった自分と向き合える。
それもまたチャンスへの第一歩ですよ。
そういう機会は、滅多にないから、大切に使いなさい。
今回は、かなりの強制荒療治ですが(苦笑)、きっとあの先生なら、そう仰るのだろうな、と思います。